腕と雑草

【腕と雑草】

 

去年の夏、TVニュースでは連日の猛暑により熱中症で救急搬送される人をメインで取り上げ、

充分な水分補給やクーラー等で体温調整するよう視聴者へ促す情報を多く出していた。

 

そんな夏の日、息子からどうしても虫取りに行きたいと急かされて、2人で近くのグランドに行ったのだった。

 

外は余りの猛暑の為、太陽が南中高度を過ぎて2時間程たってから僕らは出発した。

虫かごと虫取り網はもちろんの事、沢山の氷と少々の麦茶が入った水筒、麦わら帽子、タオル、

虫よけスプレー等、フル装備で出発したのだった。

 

行先のグランドは先のブログ『遊歩道の桜』で取り上げた遊歩道と隣接しており、400mトラック以外にも野球場、テニス場があり、広大な敷地を誇っている。

今、このグランドは宮崎工業高校の施設として、また、一部は宮崎北警察署として使用されているが、

僕が幼稚園~中学生の頃はまだ『県営グランド』という名称で沢山の子供たちで賑わっていたのを今でもよく思い出す。

でも実は、このグランドの素晴らしい点は運動施設以外に、沢山の木や林があり、動物や昆虫が豊富にいる事なのだ。

 

さて、話を戻すが、暑い真昼を避けて息子と2人で虫取りにいそしんではいるものの、夕方17時を過ぎても宮崎の夏はまだまだ暑い。

無論、東京のような360度コンクリートに囲まれた状態で味わう蒸し焼き地獄のような感覚ではなく、

宮崎のそれは、土や芝生からムンッとした熱気を感じたと思えば、それらを遠い空から吹いてくる風が一瞬のうちに連れ去っていくという繰り返しであり、

言うなれば、本当の夏を、本来の夏を宮崎では味わう事が出来るのだ。

だとしても暑いものはやはり暑い。

 

沢山の蝉やバッタを捕まえたり逃がしたり。

オオスズメバチやクマバチから逃げたり、

木に登ったり、チャンバラしたり、水溜りで遊んだり・・・

 

親子2人で遊べる最大限をやり尽し、もう後悔はない!という位まで遊び、さて帰ろうとすると、

突然、ある雑草群を指差しながら息子が

『草から手が生えてるよ~。』

っと、言うのである。

 

そんな馬鹿なと思いながら、彼が指差す方を見ると、

40~50cm程の高さに伸びた雑草群の中から確かに人の腕のようなモノが突き出しているではないか。

小心者の僕は、自分の心臓の音以外何も聞こえなくなってしまい、心の中で自分と会話を始めていた。

『あぁ、事件に巻き込まれてしまったのか。』

『ニュースで言えば、僕ら2人は散歩をしていた親子という表現だ。』

『僕ら2人のアリバイは大丈夫かなぁ。』

等、訳の分からない会話を自分自身としながら、

僕ら2人は雑草群から突き出ている腕の正体を確認しに行ったのだった。

 

僕らと雑草群までは距離にして約20m程。

 

本来、息子はそこに何が待っているのか、検討もつかないはずだが、

小心者の僕から察し、雑草群に向かうまでの数十秒、お互いに何もしゃべらなかった。

いや、しゃべれなかったというのが正直なところである。

 

ほどなくして僕ら2人は雑草群にたどり着いた。

雑草群は直径15m程の円形状の丘になっていて、その中心には年季の入った樹木が生えている。

うっそうと茂っている雑草の中では自分の足元さえまともに見る事は出来ない状態だった。

中心の樹木へは若干の登り坂になっている為、前方への視界は尚更に悪かった。

 

ユラユラと揺れる雑草の奥、ちょうど樹木が生えている辺りに突き出ている腕が見えた。

腕は細く、若干焦げ茶色をしていて、見た目は骨と皮だけに見えた。

 

『いよいよ本当に警察へ届けた方が良いのかな?』

 

とも思ったのだが、まずは確認しないと!という気持ちがどうしても強く、勇気を持って向かう事にした。

万一を考え、息子にはグランドのトラックを走らせておき、

僕は近くに落ちていた棒を拾い、元々持っていた虫取り網の両刀使いで樹木の方へ進んだ。

色々よからぬ妄想が頭をよぎるが、一歩ずつ確実に腕に近づいて行った。

 

腕までの距離が2m位になると、本当にそれが腕だという事が判り、体全体が凍りついた。

ほとんど肉が付いていない骨と皮だけの腕は焦げ茶色で、様々な斑点模様があった。

 

『あぁ、何てものを発見してしまったんだ。』

『僕は散歩をしていた男性としてアンパンマンの水筒を持ったままインタビューを受けるのだろうか?』

 

と思いながら、腕の根本を恐る恐る慎重に覗き込んだのだった。

覗き込んだちょうどその時、首に掛けていた息子の虫かごが揺れ、中の蝉たちが一斉に騒ぎだした。

 

『ひゃっ!』

 

小心者の僕はその場に尻餅をついてしまった。

そして目の前には骨皮の腕を持つ、1人の老人が同じく尻餅をついた状態で座っているではないか。

 

『長老?』

 

僕は思わず声を挙げた。

なぜなら、目の前の老人は僕が日頃長老と呼ばせて頂いている近所のおじいちゃんだったからだ。

 

『長老、こんな所で何をしているのですか?』

 

長老曰く、夏の暑い中、クーラーを掛けて過ごすと体が弱るので

この雑草群の樹木の下で寝そべり、涼を楽しんでいるのだとか。。。

腕を挙げていたのは、腕を空へ放つと大変に快適なのだとか。。。

突然、奇声が聞こえたので、起きてみたら僕が座っていたのだとか。。。

 

このブログで長老について深く触れると、終われなくなるので、

別の機会に書かせて頂こうと思うが、簡単に述べれば、

僕が尊敬するこちらの長老は大正生まれのオーバー90歳であり、

今なお毎日このグランドで体操・軽めのジョギング・筋トレを行う元気なおじいちゃんなのである。

 

よりによって腕の持ち主が長老という事もあり、

小心者の僕は張り詰めていた気持ちが切れてしまい、その場から動く力を完全に無くしていた。

 

一方、長老はそんな僕の気持ちとは裏腹に、僕に元気よく色んな話を聞かせてくれる。

しかも、話す内容は本当に面白く、興味を引くモノばかりなので気持ちが切れた僕にとっては尚更辛い。

 

尻餅をついてから1時間程たっただろうか?

グランドのトラックをせっせと走る息子から、雑草群の中で顔だけ覗かせている僕と長老を見て、

『草から顔が生えてる~。』

と言われ、ドキッとし、慌てて立ち上がり周りに人がいないか確認したのだった。

幸い周りに人はいなく、また、これ以上息子とグランドで遊ぶ力は無く、僕ら2人は長老に挨拶をした後、

夕暮れのグランドを背に帰路についたのだった。

 

19時に迫る時刻だったが辺りは少し薄暗い程度で、夏虫が夜に向けて鳴き始める準備をしていた。

風はとても心地よく、長老がおっしゃる通り、確かにあの雑草群で寝ると気持ちが良いのかもと思った。

 

途中、あの雑草群を振り返ると、長老が今度は見えたり見えなくなったりしていた。

恐らく軽めの腹筋でもしているのだろう。。。

でもあくまで、長老だと判った上での腹筋予想であり、一般の人はあれをどう判断するのだろうか?

 

風が心地よく、辺りが優しい紫色に染まった夕暮れの帰り道、虫かごの蝉を一匹ずつ息子と逃がしながら

長老の体調面を心から心配しつつ、不謹慎にも何だか笑えた夏の一日であった。

 

店主ブログ

前の記事

遊歩道の桜
店主ブログ

次の記事

旧友との再会