まるこや店主の唄、差し上げます!
【まるこや店主の唄、差し上げます!】
今から10年程前の事。
僕の趣味の一つに音楽があり、結婚する際に妻や友人に向けて作った唄があるのだが、
先日、物置にあった段ボール箱を整理すると、この唄(CD)が出てきたのだった。
懐かしく想いながらCDのパッケージを見ていると、この唄を作っている時の情景が少しずつ蘇えってきた。
久々に聴いてみたいのだが、どうしても恥ずかしい。。。
どうしても恥ずかしいのだが、久々に聴いてみたい。。。
しばらくの押し問答の末、勇気をもって聴いてみた。
10年前の気持ちがこもったメロディー、10歳若いの僕の声。
まるこやを始める前に住んでいた街。
勤めていた会社。
お世話になった上司・先輩。
切磋琢磨し合った同僚。
地元の友人。
よく遊びに行った湖。
その時々の空気や匂い。
あ~、いい唄だ。
自分で作った唄ながら、当時を事細かに想い出させてくれる事に少し感動したのだった。
さてさて、話はここからである。
CDを見つけたのを良い事に、ある企画を妻へ出してみた。
題して、
【まるこや店主の唄を「是非聴きたい!」と言って頂けるお客さまへCDを差し上げます。】
という企画である。
無論、反対な妻なのであるが、持ち上げるだけ持ち上げて最終的に了解を取り付けたのだった。
安いCDを100枚程買い、パソコンでせっせと焼いている僕。
「是非聴きたい!」と言って頂けるお客さまがどれほどいらっしゃるのかも分からないのに、
ニヤニヤしている僕を薄気味悪そうに見つめる妻。
そして遠巻きに僕ら夫婦を見つめる息子。
早速、翌日からこの企画
【まるこや店主の唄、「是非聴きたい!」と言って頂けるお客さまへCDを差し上げます。】
はスタートしたのだった。
本来、この企画の成り行きを僕は見守りたいのだが、日中はお菓子の製造でてんてこ舞いの為、
成り行きは店頭に立つ妻にお願いをするしかなかった。
妻はこの企画に内心反対だと思うので、お願いするのは心配だったが仕方がない。
ところで僕の計画としては、1日3人のお客さまにCDを差し上げたとしても
90日分(3か月分)は大丈夫だと考えていた為、
CDの減り具合については1ヶ月程経ってから妻へ聞いてみるつもりだった。
しかし、1週間程経ったある日、工房に入ってきた妻から「あと30枚よ。」と無表情で言われたので、
最初は何の事か理解出来なかったが、理解と同時に恐怖感を覚えたのだった。
「そう言えば10年前の結婚式に招待した人以外誰も聴いていないこの唄。
まるこやのお客さんに聴いてもらうと、場違いである為すっごい恥をかくのではないか?」と。。。
今更ながら企画の本旨としては、
そもそもCDは早々減るものではないと考えており、
貰って頂けるお客さまも稀有な存在であると考えており、
その稀有なお客さまにCDの成り立ちを始めとした談笑をゆっくりと行いたい!というものであった。
だからこそ、無表情の妻から発せられたCDの減り具合報告は
想定より猛烈に早すぎると恐怖を覚えたのだった。
稀有なお客さまとの談笑どころではなく、何かが独り歩きをしていく、僕自身ではどうにもできない所へ。。。
そんな気がしたのである。
血の気が引いた顔で僕は、
「この企画は出来る限りお客さまに気付かれないようにしてちょうだい!」
と、もはや意味の判らない事を妻へ依頼。
当然妻は、
「それじゃぁ、何の企画か判らないじゃない!」
今や企画に対する姿勢は妻が賛成、僕が反対という当初とは形勢逆転の状態。
為す術も無いまま企画は継続され、
スタートしてから約10日間で100枚差し上げて終了したのであった。
達成感に満たされた妻と得体の知れない恐怖に怯え続ける僕。
企画終了後、僕はしばらく睡眠不足に陥るのであった。
目の下のクマがちゃっかり定着してから数日後、一枚のはがきが届いた。
菓子工房まるこやを御ひいきにして頂いている常連のお客さまからだった。
内容は、この唄をとても喜んで下さっているもので、
お客さま自身の想い出を記憶から呼び覚ます助けにもなったという有難いものだった。
はがきを読み進めていくうちに、恐怖感は自然と無くなり、
読み終えた時にはほっこりと温かい気持ちに包まれたのであった。
このはがきで僕と企画は救われたと言っても過言ではなかった。
本当に感謝しかない。
だがだが話はこれで終わらない。
なんと!そのはがき以降、約20人のお客さまから温かい感想を頂戴したのであった。
そのお客さま全てが僕と談笑などせずに、企画の本旨を汲んで唄を聴いて下さっていたのだから、
僕からすれば本当に本当に感謝しかなかった。
今現在、この企画は一旦終了をしている。
心底反省中だからだ。
でも、また夏ぐらいに出来ればいいなぁとも考えている。
もちろん、今度こそお客さまとの楽しい談笑を願って。